
“好き’’から始まるマガジンハウスの漫画編集部
話を聞いた人:漫画編集部 編集長 関谷武裕漫画編集部の代表的な作品、3冊をエピソードとともにご紹介しております。
関谷さんと漫画編集部
――まずは、マガジンハウスに入社するまでの経歴を伺ってもよろしいでしょうか。
関谷:僕は以前「トーチweb」という漫画webサイトと単行本のレーベルの企画・立ち上げから10年くらい編集長としてやっていて、2021年10月にマガジンハウスに移ってきました。
――入社当初から漫画編集部に所属したのですか?
関谷:最初は僕ひとりしかいなかったんです、立ち上げなので。「漫画準備室」って部署の名前で1人室長(笑)。でも準備室から編集部になるのは、新雑誌準備室から「Hanako」編集部が立ち上がったみたいなマガジンハウスの歴史としての知識はあったんで、僕もそれと一緒だなと思ってましたね。そこから少しずつ仲間を増やして、2023年春に「漫画編集部」になりました。
編集部を象徴する3冊
――今回、編集部を代表する3冊を選んでいただきました。それぞれの作品について教えていただけますか。
関谷:まずは岡崎京子さんの『pink』。1989年にマガジンハウスの「NEWパンチザウルス」で連載されていた作品です。「すべての仕事は売春である」というスタンスで“愛”と“資本主義”を当時の日本の空気感や気分を鮮やかに真空パックして描ききっている岡崎京子さんの代表作。画の線やコマ割り、セリフ、そしてめちゃくちゃカッコいいトーンワーク、全てのリズムが気持ちよくて、それが今なお感じ取られて、後続に影響を与え続けている。漫画のクラシックと言って良い作品だと思います。
――続いては『今日の猫村さん』ですね。
関谷:連載22年、毎日1コマの連載を2003年の7月から休まず続けているほしよりこさんによる作品。2006年から「猫村.jp」で公開しています(それ以前は「@NetHome」で連載)。まず、毎日1コマという連載スタイルで22年続けているということ自体が偉業です。そんな連載スタイルでこれだけの継続をされている作品は他にありません。単行本も累計で350万部以上売れていて、長くたくさんの人に愛されている作品です。猫村さんは猫なんですが犬神家という人間家族の家政婦として働いているんです。その一生懸命に働く姿に癒やされつつ、でもやっぱり猫なんだよねって描写があったりして笑ってしまう。周りの人間たちの欲望や葛藤や優しさやいさかいを目の当たりにしつつ、猫だからわかりきらないこともあるんだけど猫村さんなりに解釈して立ち回っていく姿がたまらなく愛らしいです。
――そして最後に『ボールアンドチェイン』。
関谷:これは漫画編集部が立ち上がってすぐにローンチしたマガジンハウスの漫画webサイト「SHURO」で最初期から連載している作品です。「GINZA」のwebでも同時連載していて、『このマンガがすごい!2025』オンナ編第3位にランクインしました。性のゆらぎを感じている20代後半のけいとと、結婚20年で夫婦生活が冷え切っている専業主婦・あやの二人が主人公。けいとは異性愛者として男性と結婚しようとしている状態で、あやはほだされて結婚して子どもを産み育てているけど夫から酷い扱いを受けている状況。そんな二人が本当の自分の「アイデンティティ」を発見して再生していく物語。読者として主人公二人の姿を見ているとなんだか勝手に勇気づけられたりしながら、自分自身の「アイデンティティ」って本当に今の自己認識で違和感ないかな?とか考えたりもしちゃって、そして作者の南Q太さんだからこそ描けるスペシャルな描写もあって。そのスペシャルなことについては作家の山崎ナオコーラさんが単行本4巻に寄稿してくださった原稿で触れてくれているので、作品と一緒に楽しんでもらいたいですね。令和の日本をエンパワーメントしてくれる素晴らしい作品です。
マガジンハウスらしい漫画づくり
――マガジンハウスといえば雑誌の会社というイメージが強いと思います。漫画編集部が生まれたとき、驚かれた方も多かったのではないでしょうか。
関谷:『pink』を掲載していた「NEWパンチザウルス」だったり、「Hanako」の巻末で連載されていた高野文子さんの『るきさん』だったり、1994年から3年弱出版していた漫画雑誌「COMICアレ!」があって、そこから生まれた単行本も多数あります。80年代後半から90年代半ばくらいまでにマガジンハウスの漫画黎明期とも呼べる時期が実はあったんですよね。その後2000年代になって『きょうの猫村さん』を単行本化したり、2010年代には『君たちはどう生きるか』が大ヒットしたりと、漫画編集部はなくても漫画を出版していた文脈はあると僕は思っていて。そんなご先祖様がいて2020年代に僕が改めて漫画編集部を立ち上げているんだって感覚ではじめています。漫画編集部を作ってくれって話をもらったんですけど、家にもマガジンハウスの漫画はいくつもあったし、マガジンハウスで改めて漫画編集部を作るのは「面白そうだな〜」って思って来ましたよ。
漫画×カルチャーの遊び方
――80周年イベントでも、ユニークな企画がたくさん進んでいると伺いました。
関谷:やってみたい企画のアイデアがたくさんあって(笑)。1つ目がほしよりこさんの『きょうの猫村さん』の企画なんですけど。ちょっと話がそれるけど、過去に「カーサ ブルータス」20周年記念イベントでやった「夢のネコムーランド」っていう僕がこれからやっていきたい企画のお手本みたいな催しが2018年に行われていて。それは猫村さんの茶室を長坂常さん率いる〈スキーマ建築計画〉が設計して、茶道具をしまう茶箱は〈ルイ・ヴィトン〉製、茶事を彩る道具は〈ミナ ペルホネン〉〈AMETSUCHI〉〈マルニ木工〉が作って、猫村さんのエプロンは〈YAECA〉みたいな、ほんと夢みたいな企画。それを再展示しつつ、「茶菓子」を今回新たに作ってみたいなっていうのが最初のアイデア。それをほしさんに相談したら、平野紗季子さんの「ノーレーズンサンドイッチ」とコラボレーションしたいという話をいただいて、実現しました。「ノーレーズン猫村さんドイッチ」。猫村さんはエプロン結ぶときいつも縦結びなんだけど、縦結びリボンのオリジナルパッケージで中身も特別に3種類のフレイバーが入っていてめっちゃ可愛くて贅沢で美味しい箱ができました。もう一つオリジナル猫村さんクッキー缶も作っていて、中に封入されている商品説明の栞も今回ほしさんが3種類描き下ろしで制作していたり。栞はランダムで1種類入っているので開けてのお楽しみ。
――とても魅力的です。販売されればすぐに完売しそうですね。
関谷:あと、岡崎京子さんの『pink』とのコラボレーション企画は、僕が大好きでファンだったぬいぐるみ作家の片岡メリヤスさんに相談して実現しました。大好きな作品と大好きな作家のコラボレーションが実現しただけで僕としては大事件なんですが(笑)。『pink』の作中のページやコマからインスピレーションを受けて片岡メリヤスさんがぬいぐるみにするという...とんでもなく可愛いぬいぐるみが14体地球上に誕生します。
――イベントで展示販売されるんですね。楽しみにしている方も多いと思います。
関谷:さらに、ロンドン・ファッション・ウイークでコレクションを発表している日本のファッションブランド<TOGA>と、SHUROで『カッパのカーティと祟りどもの愛』を連載している宮崎夏次系さんのコラボレーション企画もやります。A4サイズのオリジナルステッカーと共にパッケージングしたスーベニア(お土産)Tシャツ2種類と、オリジナルバッグ1種類、そして<TOGA>のジャケットに宮崎夏次系さんが直接ペイントした一点物を展示販売します。こんな企画をやろうとしている漫画の編集部ってマガジンハウスしかないでしょってことがやってみたくて。楽しんでもらえたら嬉しいですね。
関谷さんの話を聞いて感じたのは、やはり「好き」という気持ちが企画を動かす大きな力になっているということだ。漫画と食、ファッションやカルチャーが自由に交差し、新しい形になっていく。その組み合わせの意外性が、マガジンハウスの漫画編集部らしさでもある。80周年という節目に、ここからどんな挑戦が生まれるのか。漫画編集部がつくる未来は、きっと予想以上にポップで、自由で、おもしろい。